○ 老松温泉 喜楽旅館(閉館)
○ 雲海閣
○ 弁天温泉旅館(閉館) 別頁
○ 柳沢鉱泉清水屋旅館(閉館)
○ 赤滝鉱泉
○ 小滝鉱泉
〇 寺山鉱泉
○ 那珂川温泉旅館(閉館)
2019年12月に廃業しています。
老松温泉の現況確認をしてきました。
以前も廃墟でしたが、現在も廃墟となっていました。
以下は営業していた時の記録です。
<夜は真っ暗闇、遭難気分>
夜は途中1か所照明がありますが真っ暗です。途中に廃墟。
懐中電灯欲しいな!遭難したらどうしよう。
明かりが見え、老松温泉の看板がかかっています。
民家にほっとします、1分しか歩いていませんけれども。
<地震が起きて怖かった>
こたつに入ってテレビ見ているご主人に
「入れますか?」
「入れるよ。消灯9時だからね。」(8時ちょっと前)
反対側の建物(右手は半壊状態)の引き戸をあけます。
ぐるりと階段を下ります(この階段で、地震に遭遇したことがあり、マジで怖かった)。
階段を下りた廊下に、昔は自動販売機が置いてありました。
<何もしない究極>
手前が男湯、奥が女湯です。
暖簾をくぐって引き戸をあけると脱衣所。鍵のかからないロッカーと脱衣カゴがあります
板張りの風呂場に、木のスノコ。震災後は、片方しか湯を張っていないようです。
ケロリン桶の右側が源泉で透明です、左が湯舟の湯で白濁しています。
窓の鍵には白い析出物がびっしり!
ここまで何もしないと、こうなるんですね〜。
浴感は硫黄泉に入った感じですが、弱アルカリ性。湯上がり後は肌がすべすべになります。
中性の硫黄泉は、日光湯元温泉、高雄温泉、グリーンパール那須、早乙女温泉がありますが、
ここの泉質は貴重です。
元湯「鹿の湯」から引湯している旅館のうちのひとつです。
長嶋一茂さんがテレビ番組で雲海閣のお風呂を大絶賛していました。
<二岳荘主人揮毫>
玄関入って「雲海閣」看板があります。昭和27年佐藤隆房氏揮毫です。
佐藤隆房氏の実家が雲海閣でした。宮沢賢司の父宮沢政次郎に請われ花巻に病院を開業し
宮澤賢治が他界するまで主治医を務められました。
佐藤隆房氏は医者となったため雲海閣は継がず、番台さんの家系が継いでいます。
二岳荘主人と記銘があります。
岩手の佐藤隆房氏の家が「二岳荘」で、二岳荘主人とは、佐藤隆房氏です。
高村光太郎は、戦時中、岩手の「二岳荘」で暮らしていました。
渡辺美智雄さんからの色紙が飾ってあります。親戚?
「和顔愛語 為雲海閣 渡辺満枝女史」
色紙の「和顔愛語」(仏教用語)を実践している宿と思います。
看板の奥が帳場です。
<見晴らし風呂(明礬泉)>
帳場で女将さんから「この先をどんどん行って下がってください」と説明があります。
帳場から奥へ進み、階段を10段下がった右手にタイル張りの内風呂「見晴らし風呂」があります。
こちらは明礬泉です。
見晴らしは、木々が視界を遮り、あまり良くありません。
パンフレットの写真が良く写っているので、パンフレットを撮影しました。
<トンネルと階段>
最初の階段を下りるとトンネルが出現します。
山の中をくりぬいた別棟へのトンネルです。
福渡の和泉屋(閉館)もトンネルを通りますが、ここは暗い、廃道のトンネルの如し。
トンネルを過ぎると、今度は長〜い下り階段です(帰りはこいつを昇っていく。。。)
木づくりの階段と竹の手すりで風情があります、タイムスリップしたような気分です。到着。
<湯処>
手前が男湯で奥が女湯。女湯は赤の暖簾、男湯は白の暖簾(暖簾も定期的に交換しているようです)。
鹿の湯のように混んでいなくてすいていますし、湯奉行はいません。
脱衣所の窓の外は、女湯でした。
女湯に入る方は、男湯の脱衣所から見えるので窓は閉めたほうがいいですね。
浴室の窓から外を見ると、お隣の「旅館山丸荘」の玄関が見えます(山丸荘は閉館・解体更地となりました)。
街道沿いの向かいの旅館清水屋も見えます。
<鹿の湯・行人の湯混合泉>
引き戸を開けると、手前のほうが高温、奥が適温です。
カランはなく、水道の蛇口があるだけのシンプルさです。
湯口は、2漕の湯舟の間にあります。
湯口を木栓で塞ぎ、その木栓に穴が開いておりそこから湯が投入されてます。
木栓の穴の大きさで湯量を調整して温度差を出しています。
ケロリン桶の左が湯口から、右が湯槽から。源泉は透明です。
<街道沿の玄関>
街道沿にも玄関がありますが、閉鎖されています。「旅館山丸荘」(閉館・解体)の隣りになります。
こちらの玄関一帯の昔の建物が、雲海閣の住所となっています。
以前は、湯本1丁目バス停の壊れた椅子の後ろに、表玄関への案内図がありました。
案内図は撤去され、バス停の椅子は新しくなっています。
※湯本1丁目の地番は存在しません。湯本1丁目は、バス停の名称だけです。
山の中から、突如階段が出現しています。
湯治場の風情が残るレトロな旅館です。
※画像は、昼・夜に行った時、夏・冬に行った時、すべてごじゃまぜです。
当blogへのコメントによると、ついに廃業です。膜バリバリが懐かしく残念です。
(以前の入湯記録)
熊、出るの!?
地理的には秘境ではないですが、たどり着くのが難しい柳沢鉱泉です。
内湯のみ1つ、男女交替制です。
「浮いているのは湯の花ですから」との注意、変なものが浮いてると勘違いする人がいるのかも?
「だれも入っていないとロウみたいに膜を張るんですよ」
加温方法が独特で、強制的に循環していないので、膜を張りやすいんでしょうね。
加温は浴槽内にある螺旋パイプを熱せられた湯が通ることによって行われています。
もうひとつの浴室は湯を張ってないので、加温方法が一目瞭然です。
え!、こんな方法もあるのかと驚嘆!です。
湯の花がびっしりと浮いてはいるものの、ロウみたいに膜を張るまでには成長していませんでした。
外の景色がくっきりと鏡面のように写し出されています。
透明でない湯と、その上の湯の花の集まりがガラスと化して鏡のようになっていました。
宿泊はやめて日帰り入浴のみ対応となっています。女将さんの体調次第でやめる日が近いかも。
再開した報恩温泉へ向かう途中、柳沢鉱泉清水屋が営業しているか寄り道しました。
馬頭観音が林立している交差点を左折してしばらく行くと宿があります。
宿前のロータリーを廻って来ました。
女将さんが玄関左手の部屋のこたつに入ってテレビ見ていたので営業していますね。
女将さんがお元気なうちに再訪しようと思う。
<歴史を刻んできた宿>
かなりな鄙び宿です。江戸時代の創業で、家屋は古民家、湯治場の雰囲気を残しています。
文化財に指定されても良いと思いますが、生活されているので指定は受けないでしょう。
小滝鉱泉との分岐に赤滝鉱泉の駐車場があります。
「此より先ジープ以外の車は下りられません。」
ここから先は、急カーブで下降する山道となっています。
赤い屋根の農家風のひとかたまりの建物群が姿を現します。
旅館までの道中が真っ暗なので、夜は日帰り入浴はやめています。
<しづかなところで いい湯だね 赤滝鉱泉・・・>
お婆ちゃんの案内で、建物の中に入り、
黒光りする廊下をギシギシいわせながらお風呂まで案内してもらいます。
「今日は八方ヶ原にでも行ってきなすったんかい?」
「いいえ、仕事帰りです」
「そうかい、やけに軽装だなと思ったんだ」
入浴客のメインはハイカーでしょう、次に温泉マニアでしょう。
夜に懐中電灯照らして訪問した時は家族勢揃いでしたが
昼間はお婆ちゃんとお爺ちゃん(+@ワンちゃんと猫ちゃん)が湯守のようです。
トイレは真新しい水洗トイレでした。
脱衣所には火鉢がありました。脱衣棚ある置き物にも味があります。
「しづかなところで いい湯だね 赤滝鉱泉・・・
来る度びごとに ききめがわかる ほんとだねー」
そだねー。
お婆ちゃん、湯舟の木のフタをあけ湯に手をつっこんでしばし動きません。
「ちょっと熱いかな。体をこうやって、じっーと湯舟につかんなさい」
お婆ちゃんが去ったかと思うと
浴室内と廊下に面している窓からにゅっと顔だして(画像の黄色○部分)、
「熱かったら、それ源泉バルブだから回して埋めなさい」と追加説明。
びっくりしたなぁ!
窓から顔だしての追加説明は、定番のようなので、心しておくと驚かずにすみます。
<赤滝鉱泉>
外の風景は、窓開けると廊下で、宿内の風景となります。
石造りの湯船の内側に木をはめ込んだつくりで、木のぬくもりが伝わってきます。
ある程度の透明度もある笹濁り。色づく寸前の状態かと思われます。
湯舟に沈めている体の太股が見えます。
隣の貯湯槽が透明度0の赤褐色だったのと対照的です。
源泉と湯舟の湯をおけにとってみたけれども、
ピンクの桶だったので色の比較ができねー!(今はピンクではない)
最後に湯舟に木のフタをします。
お婆ちゃんは軽々とめくっていましたが、1枚1枚ぶ厚くて重いです。
浴室は2つあり、浴室同士は天井は繋がり壁で仕切られています。
天井も相当年季が入っています。
こじんまりとした洗い場と、小さな家庭用ポリバスがあります。
隣の浴室にはなかったシャンプーとかも置いてあったので自家用でしょう。
そして大きな貯湯槽があります。
貯湯槽ですが、位置的には源泉コックが壁越しに湯舟に繋がっているのかと思いましたが
源泉コックをひねると透明な鉱泉が出てきます。
貯湯槽に貯められていたのは赤褐色の透明度0の鉄分酸化のどろどろしい湯です。
空気に触れている部分だけ赤褐色?
宿の外には、タンクがありました。貯湯槽なのか、飲水タンクなのかはわかりません。
<中川の渓流>
川のすぐそばまで降りることができます。
宿の横を流れる那珂川水系の中川(ちゅうかわ)の渓流に転がっている岩石の一部は赤茶けています。
宿から上流部、土石流危険水系とあって岩がごろごろしています。
下流部も、岩だらけです。
<薪で加温>
小滝鉱泉では、脱衣所に湯温メーターがあり熱交換式の湯使いのよさで
鉱泉のイメージを打ち破る湯底まで見える透明な湯に驚きましたが
赤滝鉱泉では、たまたまかもしれませんが、透明度を保った新鮮な湯に遭遇できました。
鉱泉なので薪でわかしていますが、温泉らしい温泉です。
小滝鉱泉の宿は新しく、秘境の雰囲気の鄙び系というか癒し系です。
小滝鉱泉の良さは言葉でどう表現してよいのかわからないです。
琴線に響くなにか惹きつけるものがあります。
<新旧>
宿にあった雑誌(1991年)掲載の写真を撮りました。
明治25年創業で、これでも新館で奥には旧館があったらしいです。
今は建て替えられています。
新しい建物ですが、なぜか周りの風景と違和感は感じません。
日本カモシカが時折、姿を現すといいます。
矢板駅から10kmちょっとのところにこんな秘境があります。
渓流沿いの1軒屋だからさぞかし夜は星空が綺麗なことでしょう。
<小滝鉱泉の年輪>
玄関の上には年輪を感じさせる「小滝鉱泉」の木板があります。
分析は明治31年8月と記されています。
<紫陽花>
砂利道沿いに延々と紫陽花が続きます。
「アジサイは私が嫁いだ時記念にとおばあちゃんが植えてくれました。
土に鉄分があるためか鮮やかな紫や暈し加減がなんともいえません。・・・」
(おばあちゃんすごいね、これ全部一人で植えたんだ、涙出そうです。)
小滝の写真を撮っていたら、おばあちゃんが出てきたので、しばしお話。
「あじさいはね、1本1本植えていったんだ」△
「1本1本とは、すごいですね!」○
「黒羽のあじさいは見事だよ」△
「でもここもすごぃですよ」○
「息子は草刈りで機械使うからあじさいまで切っちゃうんだよ、
昔はもっとすごかったんだから」△
「え!?」(おばあちゃん、手鎌で草刈りしとったんかぁ!)○
「川沿いにもあじさい、咲いていますね」○
「流されたんだ」△
「砂利道から大雨で流された?」○
「川の水で流されたんだぁ。川沿いもあじさいいっぱいあったんだ」△
「今年は雨が多いから野菜は実がならんな」△
「畑がありますね」○
「ほら、そこの駐車場も新しい家建てる前は全部畑だった。
でも、今は駐車場がないとねぇ。
息子は畑やらんでもいいと言うんだけねぇ」△
そんなこんなで、しばし、今は亡きおばあちゃんとくっちゃべる。
<池>
宿の手前の池には、ニジマスが泳いでいます。
ものすごい勢いで泳ぎ回っているのに圧倒されます。
宿の食事では、川で釣ったヤマメが出ますが、出せない時はこのニジマスが出るようです。
ヤマメは先代のおじいちゃんが釣友と中川に放流した子孫です。
ゴヨウツツジの大木が、本当につつじですか?というほどでかいです。歴史の年輪を感じます。
矢板市の大木20選の看板があります。ゴヨウツツジは100年以上の大木で樹高は485cmあります。
同じぐらいの大きさの赤やしおつつじもありましたが、大雨災害でやられてしまったとのことです。
那須に行けばもっと大きいものがありますが、ここは間近で見ることができます。
「水辺景観10選 小滝 矢板市」
中川(ちゅうかわ)の上流には赤滝鉱泉があり、下流には寺山鉱泉があります。
中川(湯沢川とも)は下流で内川、荒川となり、那珂川にそそぎます。
宿の横に、20mほどの滝が落ちています。
小滝鉱泉の由来となっている「小滝」です。
河床や周りの石は鉄分で赤茶けているかと思うと
薄いコバルトブルーを呈していた時もあり(たまたま)、不思議な河床です。
冬は、川岸には川肌から湧き出る清水が凍った「つらら」が綺麗に光を反射します。
鉄分で赤くなった岩と絶妙なコントラストを示します。
工事車両かと思うも、ショベルカーには「小滝鉱泉」の文字があります。
宿と道を維持していくのは大変なことと思います。
宿の裏手の山肌には、源泉タンクがあり、そのかたわらには湯の守り神の祠が祭ってあります。
<鉄鉱泉が透明の時もある>
計器は42℃を示しています。熱交換方式の加温を行っています。
赤滝鉱泉は薪で湧かしますが、小滝は現代的です。
温泉分析書、源泉名「小滝鉱泉」の採取48時間後の知覚的試験は、
「やや赤褐色に混濁し、無臭で弱酸性および鉄味を有する。」とあります。
真新しい湯の時は、赤褐色に混濁せず透明で、白濁している時や、褐色の時もあります。
湯舟のふた7枚の板をひとつづつめくってたたんでいきます。
赤滝鉱泉のふたも重いですが、ここも重い。
ふたをあけると空気が入り込む余地がないぐらい湯が張られています。
湯面は鏡面のように反射しています。
湯舟の底まで見えるほど透明で、全く赤茶けておらず鉄鉱泉らしからぬ湯です。
十和田石の反射から緑色がかった色に見えます。十和田石は湯につかると緑色になります。
熱交換方式の加温によって、鉄鉱泉であっても、透明な源泉に近い状態で提供できることを
示したお手本みたいな湯です。
湯舟につかると小滝は見えませんがが無理して立ち上がると見えます。
電柱も見えます。携帯は通じませんが、電気は通じています。
鉱泉は赤茶けているものとの観念があると、もの足りないかも。
そんな時は、寺山鉱泉が透明度0に赤茶けています。
<蕎麦とお茶>
「今ちょうど主人が打ってるので、打ちたての蕎麦がちょうど食べられます」
蕎麦を食べました。
蕎麦ができるまで、お茶を飲む。おいしい。
茶葉が急須の中で品行方正に向きが揃っていて見た目が華麗です。
お茶は静岡の川根茶を高畑園からわざわざ取り寄せています。
高畑園のサイトを見ると、こだわりの茶農家です。
メニューにはない「冷たいきのこ蕎麦」を食べました。
勘違いして注文したのにつくってくれました。
小滝鉱泉へは、到達はさほど難しくはありません。
寺山鉱泉に行った時は、到達できずに後日出直しました。
というのも、寺山鉱泉へは田んぼの中の平坦な道が続きますが。。。
春先にスクーターで行ってえらい目にあいました。
カエル、やもりなどが小道にたむろし、カーブでひいてしまうと
2輪だとすべって転倒のおそれがあり、引き返して、後日4輪で出直しました。
横断道路(県道矢板那須線)を矢板駅方面から来ると、
泉交差点の手前200mに「信号左折8km」の看板が出ています。
この看板先を左折しても良いのですが道が細いので泉交差点左折が良い。
泉交差点信号下には、寺山鉱泉の看板が出ています。
泉交差点を左折し、県道下塩原矢板線を進んでいきます。
途中に「寺山鉱泉」の看板が出ています。
左に曲がらずに県道をまっすぐ進み、しばらくすると、ぐんぐん山を登っていく。
「小滝鉱泉旅館入口」の看板が見えると、ここの脇道に入っていきます。
小滝鉱泉、赤滝鉱泉ともにこの道に入ります。
ここから小滝鉱泉までおよそ1.2kmです。
60mほどで分岐、右手に道を下がっていくと赤滝鉱泉です。左手に道を登っていくと小滝鉱泉です。
左手に曲がり進みます。
あと700m地点に「小滝の湯」の看板がでています。
大きく右方向に曲がり、せっかく県道で登ってきた道を、
ここから急な山道となって一気に谷底へ向かっていきます。
途中若干見晴らしの良い場所に出ます。
山道沿いには紫陽花が多く植えられています。
小滝鉱泉の全景が目に入ります。
谷底に到着すると、「土石流危険渓流 那珂川水系中川」の看板があります。
江戸時代末期に創業した「寺山鉱泉」は、寺山観音寺への参拝者のためにつくられた鉱泉宿です。
栃木県道56号塩原矢板線(八方道路)を進んでいくと、途中に寺山鉱泉への大きな看板が出ています。
(Google street viewで確認すると、現在はもっと小さな案内板となっています。)
ここから寺山鉱泉へは田んぼの中の平坦な道が3kmほど続きます。
小滝鉱泉や赤滝鉱泉とは異なり、急坂やダートなどはありませんが、
春先は、多くのカエル、やもりなどが小道にたむろしていて2輪だと危ないです。
寺山鉱泉に着くと、矢板市内ですがdocomoは圏外です。周りは真っ暗です。宿の全体像も見えません。
当てずっほうでカメラのシャッターを押したので寺山鉱泉の看板が若干しか写っていません。
現在は日帰り入浴は17:00までですが、以前は夜も受けていました。
立ち寄りをお願いすると、
「お風呂がぬるい時はブザーを押してください。
熱いときは源泉のオレンジのレバーをひねって下さい」
との説明を受けます。
寺山鉱泉の全景の航空写真(平成7年10月)が飾ってあったので撮りました。
廊下を伝って右に曲がると脱衣所入口があり、サッシの引き戸です。
引き戸の上に、栃木県衛生課の分析表が掲示してあり、「明礬緑礬泉」とあります。
源泉名「寺山鉱泉」(単純鉄令鉱泉)です。
脱衣所及び浴室は、左右を真ん中で仕切って上は空いている構造です。
右のほうが左より若干大きい浴槽です。
脱衣所に張ってあったお願いには、
「御風呂がぬるい時はブザーで御知らせ下さい。
程良い湯加減に成りましたらもう一度ブザーを押して下さい。」
さきほど、説明を受けたことが書いてありました。
ブザーは浴槽の壁にありました。
浴室内は赤茶けており、湯舟には赤茶けた湯が張られています。
湯舟は大きくはありませんが底は見えません。鉱泉らしい鉱泉です。
カランはひとつのみです。
オレンジのレバーをひねると冷たい源泉が出ました。
源泉を桶にとって、湯舟内の湯と比べてみました。
左が湯舟の湯、右が源泉です。
「はしご湯のすすめ」を見ていたら、衝撃の情報に出くわしました。
「2019年10月に発生した台風19号で被害を受け廃業を決められたようです。」
老松温泉が12月に廃業していますが、その2カ月前に閉館しています。
東日本大震災でも崩壊しなかったのに、残念です。
これまで外観の写真をあまり撮っていなかったので、2019年3月に撮りに行ったのが最終訪問となりました。
以下レポの写真とだぶっていますが、最終画像を掲示します。
※営業していた時の記録
<一軒家の農家>
農家にしか見えない温泉旅館(実際農家だし)、とっても鄙びた旅館です。
画像に映っている古い看板は、現在は取り外され、横にうち捨てられています。
アルミサッシの窓の「掘っ建て小屋」が浴室です。
<最初の蓑傘>
玄関から入ると、古時計の横に雨合羽(ミノガサ)がかけられています。
左手に曲がって突き当たりを右に曲がると脱衣所前のスペースに到達します。
浴室がひとつなので、先客がいると、ここで待ちます。
<激しくヌルスベ>
源泉名「那珂川温泉開発源泉」。浴感は激しくヌルスベです。
カランはひとつのみ、でも壊れています。
使用できるのは左の緑のホースの蛇口のみ、生源泉が出ます。
休憩所はタイムスリップ(置いてある雑誌が古い)でまったり落ち着けます。
ここにも壁に雨合羽(ミノガサ)があります。
馬頭は、トイレまで源泉かけ流しの宿があります(単に水道ひいていないか、水道は飲み水だけ)。
トイレは水洗ではなく、くみ取り式でした。
<対岸>
那珂川の対岸には、ズラリと馬頭温泉郷の宿が建ち並んでいます。
こちら岸は鄙びた旅館で対象的です。
<那珂川温泉開発源泉>
那珂川の中洲に自噴泉の源泉施設が見えます(上の画像の黄色○)。
那珂川温泉開発源泉は、那珂川温泉旅館と対岸の元湯東家(婦人浴室)で使用しています。
東家男湯は馬頭温泉郷の主力源泉「馬頭温泉管理組合源泉」をメインに使用しているので、
男性は那珂川温泉旅館でのみ、この源泉を体験できます。