【史跡】
○ 尚仁沢名水パーク 別頁
○ 東古屋湖
○ 佐貫観音
○ 十二社権現神社 別頁
○ 湯殿山/男体山碑 別頁
【温泉】 別頁
○ 川霧の湯
○ 松ヶ峰温泉
○ 権現の湯(閉館・解体)
【食事】 別頁
○ 農村レストラン
尚仁
○ 日光寿司
○ 和食たかはし
○ 餃子の玉竜
東古屋湖は、昭和43(1968)年に、那珂川の支流である荒川に西荒川ダムが建設されたことによって誕生しました。
鬼怒川左岸にそびえ立つ高さ64mにも及ぶ一大岩塊です。
岩面に大日如来磨崖仏があり、弘法大師一夜の作と伝えられています。
大正15年2月に国の史跡に指定されています。
また、岩頭北側には「亀の子岩」があります。
(説明板)
「史跡 佐貫石仏について
ここ鬼怒川左岸にそびえる大岸壁は、石英粗面岩で岸壁の中腹に線刻されている石仏が智拳印を結ぶ金剛界の大日如来坐像である。
風化がすすみ石仏の全体像を拝むことは困難になっているが、像高は約一八・二メートルの巨像であり、顔面の長さは約三メートル幅約一・六四メートルである。
造像年代については、石仏の右肩上に奥の院、または大悲窟とよばれる小洞窟があるが、この奥の院がご開帳された明治十二年(一八?九年)にここから銅版阿弥陀曼荼羅(昭和六十二年十二月栃木県文化財に指定)が発見されているが、この曼荼羅の裏面に「下野国氏家群讃岐郷巌堀修造事勧進沙門満阿弥陀仏大檀那右兵衛尉橘公頼 建保五年丁丑二月彼岸第三日 金銅仏奉掘出畢」とあり「巌堀修造」と石仏の製作が何らかのかかわりがあるとするならば、建保五年(一二一七年)に近い年代に石仏も造像されていたと推考される。
なお「橘公頼」は宇都宮朝綱の三男であり「氏家郡」という郡名はないが氏家二四郷を氏家郡と称していたのかも知れない。
またこの奥の院は六十年に一度開帳されてきたと伝えれているが、この開帳用具が付近の斎藤家に収蔵されており町の文化財に指定されている。
大正十五年二月二十四日 国指定史跡
平成三年四月建之
塩谷町教育委員会」