大網温泉は、昔は「助の湯」と称し、村の床屋が管理していましたが、
佐藤旅館の主人が村より永久に使用権を賜りました。
大網は行楽より湯治目的で、他の塩原の温泉地とは様子が変わっていました。
梅毒、疥癬、淋病に特効ありとされ、これらの患者で賑わいました。
ロンドンモーレー社発行の旅行案内にまで、
「大網温泉は川底に湧き、病人の最も多く行く所」と記載されていました(「塩原温泉名所圖繪」(1922))。
温泉宿は、「佐藤旅館」「大網館」、「電電公社保養所」、「仙郷荘」(昭和38(1963)年)、「田中屋旅館」、「ホテルニューおおあみ」、
産業再生機構による支援を受け「湯守田中屋」、「湯宿小町」、「湯守田中屋」と変遷してきました。
「石間の湯」「河原の湯」として使わてきた湯が、「湯守田中屋」に継承されています。
このため、塩原には多くの共同湯が存在しますが、大網には共同湯はありません。
塩原11湯のうち、大網温泉は田中屋が唯一の宿です。
「大網温泉旧佐藤旅館(三層楼へ建替前)」(「塩原名勝旧跡の伝説」塩渓探勝会 大正10)
写真は、三層楼の宿に建て替え前の旧佐藤旅館です。
田山花袋は、茅葺から三層楼に建て替えられた佐藤旅館を見て、風情がなくなったと嘆いています。
<産業再生機構>
産業再生機構による支援を受けた宿です。
産業再生機構の事業計画では、
『「豊富で良質な温泉」や「立地条件(自然環境)」を強調した「売り」のある旅館を目指す。
その中で、個人客特に「温泉」や「自然」にこだわりを持つ層をターゲットとし、
顧客に「本物のくつろぎと温もり」を提供する旅館を目指す。』とあります。
温泉や自然にこだわる層をターゲットにしている割には、ビールの空き缶、タバコの吸い殻、空き箱が散乱しています。
自然を愛さない層も利用しているのでしょう。
田中屋が再生失敗に終わらないよう期待しましたが、再生は成功し現在に至っています。
<足湯/飲泉コーナー>
宿の入り口の左手には足湯と飲泉コーナーがあります。
源泉「大網4号」。龍頭を活用した、飲泉所・足湯です。足を入れるには小さいです。
飲泉所の留意事項「フッ素を含有する温泉なので、乳幼児の飲用を避けること。」
「鈴木爽文学碑」
自分には聞いたことのない文人です。「足湯/飲泉コーナー」の横にあります。
<魚止めの滝>
箒川の潜竜峡下流が「魚止めの滝」(別名:龍門の滝)です。大網の野天風呂の上流です。
さらに上流に潜竜瀑(旧名:区々竜の滝・覆流瀑)がありましたが、箒川発電所取水堰となって消滅しています。
野天風呂への入口階段に、石標「大網温泉 魚留瀧」があります。
「大網」という地名は、魚が「魚留滝」を登れず、大きな漁網を仕掛けたかのように大量に獲れたことに由来します。
石標「大網温泉 魚留瀧」
「大網温泉 魚留瀧 明治四十三年五月湯守佐藤久作 発起人大和屋」
碑を建てたのは湯守佐藤久作とあるので、当時の「旅籠大網」の宿主です。
左靭の石標が、明治四十三年三月とほぼ同時期に建立されています。
<野天風呂>
国道400号新バイパス開通に伴い、旧道となった道路のカーブミラーから石段を下りていきます。
田中屋のホームページには「320段の石段」と記載されていますが
一番最初の「仙郷の湯」までは290段ちょっとでした。
一番下の河原湯までだと320段はあるかと思います。
野天風呂は、眺望よし、お湯よし、野趣満点です。
先程直角に近く折れ曲がったと思うと、今度は石段は緩やかな弧を描きます。
石段は雪かきされているものの、手すりがついていないと滑って滑落しそうです。
途中に休憩小屋があります。
下りで疲れてはいませんがせっかくなので休憩しました。
掲示が2つあります。
「御案内
大網温泉地域は環境庁の特別区域(日光国立公園)です
景観上エレベーター設置の認可がおりません
野趣をお楽しみ下さいませ
塩原大網温泉 湯守 田中屋」
エレベーター設置の要望が多いのかもしれないです。
奧蘭田著「塩渓紀勝」という漢文紀行文の大網温泉に係る部分の抜粋和訳が掲示されています。
原典は漢文の紀行文であるため、最後に訳者が記されています。
「塩渓紀勝」で検索すると三恩人に行き着きます。
塩原の温泉まつり(9月)は、塩原に貢献した、
「栃木県令・三島通庸、『塩渓紀勝』作者奥蘭田、『金色夜叉』作者尾崎紅葉」の
塩原三恩人に感謝するまつりです。
なお、奥蘭田「塩渓紀勝」の碑が新湯「奥塩原高原ホテル」の庭にあります(こちらで記載)。
(掲示)
「塩渓紀勝
三冬水涸れて落ちず、春末に至って始めて濺々の音を聞く。大網に抵る。山を負い崖に倚る。二戸村を成す。一は茶店、一は旅亭なり。小憩して茶を呼ぶ。山渓乃ち白湯を供す。椀面に紅桃、黄菊の花を泛ぶ。香気舌に沁む。此の間に又小瀑ありこれ字様をなす、九回と曰う。宛転橋を渡り左の険阪を下ること二百武、羊腸蹊をなす。僅かにき歩を容るるのみ。阪窮って温泉あり。巌石おう窪の処に出ず、右は則ち断巌屹立、向背差互、瀑あってこれに懸る、落ちて潭となる。深さ三丈許り、紺碧人を染む。潭溢れて澗となり、澗廻って灘となる。危石磊ら、奔湍激射、竜蛇躍らんと欲し腥ひょう衣に生ず。網中に多く□魚(可慈加)石斑魚(也毛女)香魚の属を産す。流れに溯いて游泳す、此の潭に抵って止む。因みに魚止の瀑と曰う。近時土人謀って魚梯を設くと云う。上游に又瀑あり、曰く潜竜(旧区々竜瀑)形似たるを以って名を得たり。
明治二十一年四月十七日 ー大網のくだり抜粋ー
奥蘭田先生原著 河瀬憲宗禅師訳」
<美人の湯>
さらに石段を降りていくと眼下に露天風呂が見えてきます。
最初に着くのが屋根がついた女性専用「美人の湯」です。
一番大きい「仙郷の湯」(混浴)が下にあります。
立派な石垣の土台がありますが、以前は木造四階建ての湯治館がありました。
湯治館は昭和60(1985)年に取り壊され、その跡地に現在の「美人の湯」「仙郷の湯」が設けられました。
<仙郷の湯>
「仙郷湯」は、斜面の途中にあり、野天風呂の中では一番大きな露天風呂です。ゆるりと手足を伸ばしました。
眼下に箒川の峡谷を見下ろし、眺望が素晴らしいです。
四角形の木の板の導管から熱めの源泉がとうとうと落とされています。
一方反対側では黒い導管からも湯中に熱めの源泉が投入されいます。
岩風呂全体の温度は均質で適温です。湯口の源泉の豪快さを楽しみました。
黒い導管から導かれる源泉に手を触れても、熱めですが手を引っ込めるほどではありません。
脱衣棚と脱衣かごが見えます。
オーバーフローは音をたてて小さな滝のごとく箒川の岩間に落ちていきます。
<石門湯>
仙郷の湯の横に脱衣所(脱衣かごと棚のみ)があり、その横をさらに降りていくと、
「岩間の湯」(混浴)(現在は宿HPでは石門湯(いわまの湯)と変更)があります。
一番小さな方形の露天風呂です。湯底は大小の石と砂地となっており、源泉は足元から湧出しています。
湯温は一番ぬるかったです。
立ち寄り温泉ミシュランに、源泉名「岩間の湯」が記載されており、この源泉が足元湧出しているようです。
「仙郷の湯」から箒川に流れ出る豪快なオーバーフローが「石門湯」から見えます。
<河原の湯>
石段を下りきったところに「河原の湯」(混浴)があります。
ここまでが石段320段なのでしょう。
箒川の水面より湯面のほうが低いです。箒川の水面に手をつっこめる至近距離です。
塩原で箒川に一番近い露天風呂でしょう。
源泉はコンクリートの屋根の上に開けられた穴に黒い導湯管が通され、
導湯管の先からは間欠泉のようにドバッ、ドバッと源泉が投入されていました。
そして足元からも湧出しているようです。
つかっていると寒くなるぐらいの湯温でした。
<帰り>
もと来た石段を登っていきます。
降りてきた時には気づかなかった貯湯タンクらしきものが見えました。
さらに多くの導湯管に気づかされました。
<ダム放流>
箒川ダムから放流が行われると水位が増し、川沿いの2か所の野天風呂(河原湯・石間湯)は水没してしまいます。
田中屋の上流に位置する箒川発電所(東京電力リニューアブルパワー株式会社)の改造工事に伴い、
2026年2月10日より箒川ダムから継続的に放流が行われ、野天風呂「河原の湯」「石門の湯」は安全確保から約2年間休止とのことです。
「石門の湯」は「河原の湯」より少々高い場所に位置しており、大雨が降らない限りは、「石門の湯」には入れる状況のようです。
なお、野天風呂「仙郷の湯」(混浴)「美人の湯」(女性専用)およびその他の温泉施設は通常通り利用できます。
箒川発電所取水堰
<内湯>
野天風呂は有名ですが、内湯も掛け流しです。
以前は内湯も日帰り可でしたが、現在は日帰り受け入れは、野天風呂のみとなっています。
最上階に展望風呂があります。殿方は「宿六の湯」、婦人は「小町の湯」です。
浴室に入ると陽光がまばゆいです。高すぎて、箒川の川面は見えません。
自家源泉「大網4号」かけ流しです。高温なので投入湯量はさほどではありません。
寝湯、ジャグジー、全身と浴槽が3つ、サウナ、水風呂とあります。
脱衣所の手前には畳の休み処があり、湯上がり後は、思いのほかゆっくりできます。
飲泉所には「フッ素を含有する温泉なので、乳幼児の飲用を避けること。」と
掲示されているので、湯口の湯も同様の注意が必要でしょう。
福渡の恵山荘は、湯めぐり手形に参加しておらず、ネットで見かけることがありません。
まちめぐり案内に参加すると、恵山荘の割引があり利用しましたが、現在は対象から外れました。
箒川沿の内湯です。「塩釜右岸源泉」のかけ流しです。
湯口高温ですが、湯舟内適温。ザコザコ流れていきます。
桶は6個もありますが、カランは1個だけです。
浴室内の多くの植木鉢を見ると、同じく植木鉢が並んでいるピラミッド温泉が脳裏に浮かびます。
福渡温泉は、歴史ある宿の閉館が多く残念です。
古式湯まつり温泉ふるまい(2019年9月29日)
植木が多いのです。玄関に植木があるのは当たり前ですが、玄関の中にも植木があります。
浴室内にも植木がたくさんあります。
湯口の岩組にはバランスよく以前は植木が3つあったのが、4つに増えてる!
窓際の4つは変わらずです。
久しぶりにここの風呂に入りましたが、かけ流しのよい湯です。
与謝野晶子の歌が短冊にしたためられており、しばし魅入りました。
休館中のホテル明賀屋の駐車場には高尾塚があり、塩の湯へ向かう左手には
お兼さんの頌徳碑があり、畑下には離れ室城跡があります。
君島城主の末裔が経営される新しいけれども伝統のある宿です。
<大石風呂>
内湯は大石があったところに風呂をつくり、大石風呂としています。
彩つむぎは、ホテル明賀屋別館山水荘を改装したので、源泉名「山水荘源泉」です。
<露天風呂「もみじの湯」>
高尾太夫を意識しての命名かな?
以前のHPだと使用源泉は「ぢの湯・めの湯」と記載されており、
共同湯「ぢの湯」で使用している源泉と思っていたら、
分析書の掲示は、源泉名「塩釜区左岸源泉・親抱の湯混合泉」。沢水の加水のみの掛け流しです。
これは驚きました。
まさか共同湯「親抱の湯」の源泉につかれるなんて。
塩原のかつての名勝「親抱の松」は枯れても、源泉名にその歴史をとどめている名湯です。
露天風呂の湯舟内は、岩が加工されて平らになっており、ずり落ちることなく腰掛けることができます。
入浴する人への配慮がとても行き届いていると感じます。
<丁寧な対応>
帰りに従業員の方にお礼を言うと、とてもご丁寧な対応です。
ふと「ぢの湯・めの湯」ではなくて「親抱の湯」なんですねとおばかなことに言及して、
「ねぇ知ってる?」で従業員の方が2人出てきて、
知らないなりに一生懸命答えてくださり、見送りまでしていただき恐縮しました。
湯の花荘はその立地から畑下温泉に分類されていますが、使用源泉から言えば塩釜温泉です。
かつて日帰り入浴1,000円で対応していた時もありましたが、現在は日帰り対応は行っていません。
源泉名「塩釜区左岸源泉・親抱の湯混合泉」
おぉ!ここでも親抱の湯です。
しかも源泉が高温ですが、熱交換機を使用して、加水していません。
露天風呂、内湯とも完全かけ流しです。
実際には源泉熱すぎるので熱交換しても高温なため内湯は少々加水しています。
すこぶる極上です。
露天風呂から見える遊園橋が八峰苑(閉館)のことを思うと寂しくなります。
※閉館しました。
「紙屋」→「ホテル神谷」→「おん宿神谷」→「湧花庵」と宿の名前が変わってきています。
ホテル神谷が休業し、茨城のやすらぎの湯へローリーで源泉を茨城へ運んでいました。
神谷源泉を使用していた「やすらぎの湯 勝田館」は「勝田あかつきの湯」に経営変わり、
「やすらぎの湯 河和田館」は「いちの湯水戸店」に変わり、それぞれ温泉は使われなくなりました。
日帰り入浴は、7階展望風呂の利用となります。
<展望風呂>
畑下源泉掛け流しは、7階展望風呂の男湯「雄山」女湯「せせらぎ」。
7階展望風呂は「畑下源泉」(旧町営畑下源泉)の分析書を掲示しています。
分析書の申請者は畑下源泉代表とあり、申請者の住所は「はとや旅館」(閉館)です。
影響を与える事項の掲示はなし、かけ流しです。
湯船は窓に沿って大きいですが、湯船内段差になっているので、思ったほど湯はためこんでいません。
湯口では金気臭がします。湯口からの湯量と同量がオーバーフローしていきます。
<景色>
浴室と屋上からの景色が良いです。
・離れ室城跡が見えます。
・吉井の滝が見えます(木々に覆われ見えませんが、存在場所が見えます)。
・普門渕が見えます(箒川が「くの字」になっているのが視認できます)。
・畑下温泉神社が見えます。
<貸切風呂>
1階に貸切風呂「宝招の湯」「招福の湯」があります。
自家源泉「畑下元湯神谷源泉」掛け流しです。
<渓流貸切露天風呂「楓の湯」>
共同湯「青葉の湯」が、湧花庵専用となりました。
ぬりやの大旦那が言っておられましたが、旅館買った人の所有で手出しできなくなったと。
<源泉の素性>
畑下元湯神谷源泉の掲示がないので、聞いてみると、
責任者らしき方はよくわからないようで、若い男性にどうなの?と水を向けます。
すると、この男性、とても詳しい、スラスラと説明します。
「1階の風呂に自家源泉の畑下元湯神谷源泉をかけ流しています。
7階の展望風呂は、畑下源泉(旧町営畑下源泉)と、畑下元湯共有源泉の両方を混ぜて
かけ流しています。
畑下元湯共有源泉は、福久寿苑さんと共有している源泉で、畑下元湯神谷源泉が自家源泉となります。
畑下源泉(旧町営畑下源泉)は、川のところから湧出しており、他の宿も使用しております。」
宿泊客が次から次に入ってきて、忙しいのに、丁寧に説明していただき、
これまでの疑問が氷解し、感謝しています。
<明治の頃の紙屋>
※ 2018年9月 「塩原温泉 湧花庵」に宿名変更。オーナー変更となった模様。
以下理由から、2018/9経営が変わったと推察します。
・宿名が「塩原 湧花庵」から「塩原温泉 湧花庵」に微妙に変更。
・ホームページが一新され、アドレス変更。
・北投石研究所付属クリニック(梅山孝江院長)が宿内に開院。
・塩原温泉旅館協同組合HPの宿一覧からはずれる。
(温泉ふるまいで訪れた時に、営業を確認したので、閉館はしていません)
・アマネク(旧エスタックス)HPの運営ホテル・旅館に「塩原
湧花庵」がない。
新しいホームページを見ると、
以前貸切風呂だった1階の「宝招の湯」「招福の湯」が大浴場となっています。
ここは、自家源泉「畑下元湯神谷源泉」(自然湧出)を掛け流していました。
7階の展望風呂は、畑下源泉(旧町営畑下源泉)と畑下元湯共有源泉の両方を混ぜてかけ流していました。
日帰り入浴は以前は展望風呂のみ利用可でしたが、
1階の浴場も利用可であれば、「畑下元湯神谷源泉」につかることができます。
日帰料金850円(800円+入湯税50円)で心理的抵抗がありますが、
源泉3本使用の、かけ流しの温泉でそそります。
※大和屋旅館(閉館)は、エスタックスが取得していましたが、
こちらも手放していたとすれば、今後の動向が気になるところです。
昔は手形にも参加していましたが、現在は立ち寄り湯はやめています。
「畑下元湯共有源泉」を単独で使用しています。
この源泉は、湧花苑と福久寿苑で共有する源泉で、
湧花苑は畑下源泉をメインに共有源泉を混合しており、
ぬりやは、畑下元湯共有源泉から、畑下源泉に切り替えているので、
畑下元湯共有泉単独使用に入れるのはここだけ(源泉を切り替えていなければ)。
ワンちゃんの温泉もあります。
翔人(はと)の湯(男湯)は内湯に付け足しの露天風呂。
福久姫の湯(女湯)は内湯のみ。こちらに入ると評価低くなるでしょう。
(夜21時に男女入れ替えあり)
露天の眺望は宿裏の壁しか見えません。
影響を与える事項「気温の高い期間のみ温度調整の為加水しています」他はなし。
加水は客任せ、熱い時は、自分でホースで加水するようにと記載。
内湯、露天ともかけ流しでした。
鉄臭・鉄味で良い源泉です。
源泉が高温なので、小さな露天は熱かったけれども、加水せずにがんばりました。
内湯は大きいので、加水せずに無理なく入れました。
黒糖シャンプーとコンディショナーは初めて見ました。
脱衣カゴの布カバーも感心しました。
<カエル>
玄関入ってすぐ右手に、カエル
2018年温泉ふるまいでの入湯記録
4湯目は福久寿苑へ。2011年の温泉ふるまいの参加以来、久々の参加です。
昔は手形にも参加していましたが、現在は立ち寄り湯はやめています。
翔人(はと)の湯は、内湯に露天風呂とあります。福久姫の湯は内湯のみです。
夜21時に浴室の入れ替えあり(掲示)。
「畑下元湯共有源泉」のみを使用しています。
この源泉は、湧花庵と福久寿苑で共有する源泉で、
湧花庵は畑下源泉(旧町営畑下源泉)をメインに共有源泉を混合しています。
ぬりやは、畑下元湯共有源泉から、畑下源泉に切り替えているので
(掲示の源泉の分析書が変更されたので、そう判断しましたが、
湧花庵のように両方使用している可能性はあり)
畑下元湯共有源泉の単独使用は福久寿苑だけです。
鉄臭・鉄味で、露天風呂は共同湯みたいで、満足度高いです。
天気が悪かったせいもあるのか浴室内暗くまともに撮れなかったので、3枚目以降は過去の画像です。
基本、何も変わっていません。
「畑下元湯共有源泉」から「畑下源泉(旧町営畑下源泉)」に使用源泉を切り替えていますが、
従来から掛け流し(加水はあると思う)です。
下の湯を管理されている大旦那が、昔のことや畑下の温泉に詳しく、色々と教えてくださり、感謝です。
畑下に大谷石の蔵があります。「ぬりや」の所有とのことです。