○ 湯ノ平湿原
○ 日光湯元の源泉
〇 亀の井ホテル奥日光湯元
〇 スパビレッジカマヤ
〇 吉見屋(閉館)
〇 板屋
〇 ゆ宿美や川
〇 湯の家旅館
日光湯元の未使用源泉
〇 日光湯元の未使用源泉
〇 御所の湯
〇 河原の湯
〇 鶴の湯
〇 緞子の湯
奥日光開発株式会社の源泉と配湯
<温泉源の由来>
小学生の時、林間学校で来て、数々の源泉小屋を見た時に、すごいインパクトを受けました。
危ないからと滞在時間はものの数分ほどであったと記憶しています。
湯ノ平(ゆのたいら)湿原の奥に、日光市の説明板があります。
説明板がボロボロになる前に撮ったもので、画像はクリックで拡大します。
温泉源に立てられているので、朽ち果てるのは時間の問題と思います。
(説明板)
「温泉源の由来
湯元温泉の発見については資料が乏しく定かではないが、一説によると日光開山の祖と仰がれる勝道上人が延歴七年(788)この温泉を発見、背後の山を温泉ヶ岳と名づけ、その頂上に薬師瑠璃光如来を祀り、そこに湧出する温泉を薬師湯(瑠璃湯)と名づけたといわれている。(以下略)
昭和六十三年 日光市」
(説明板)抜粋
「湯ノ平湿原
■湯ノ湖のなごり
かつてこの周辺も湯ノ湖の一部でしたが、沢の流れによって運ばれた土砂が湯元一帯に堆積し、湯ノ湖から切り離されました。
現在の湯ノ平湿原は温泉水のほか、周囲からの伏流水や湧水などによって、水が供給されています。
環境省 2017.12」
<源泉小屋以外でもフツフツ>
爆裂火口ではないものの、激しい時もあります。
源泉小屋以外でも、あちこちでフツフツと湧いています。
放棄された湯小屋跡もみうけられます。板屋2号とか3号かな。
<冬の湯ノ平湿原>
さすがに温泉源とあって、雪深い日光湯元にあって、冬でも、ここだけは雪はほとんどなく異空間です。
湯小屋にはつららが成長しています。
<硫化水素抜きパイプ>
湯ノ平湿原の山側には、奥日光開発の硫化水素抜きパイプがあちこち目立ちます。
<昔の湯ノ平湿原>
日光湯元の歴史は古く、日光を開山した勝道上人が延暦7(788)年にこの温泉を発見し、
薬師の湯と名づけたのが始まりと伝えられています。
昭和29(1954)年、酸ヶ湯温泉および四万温泉とともに、「日光湯元温泉」の名称で
国民保養温泉地の第一号指定を受けています。
国民保養温泉地に指定されているので、計画書で温泉地の多くの情報が入手できて便利です。
「奥日光湯元温泉国民保養温泉地計画書(令和6年3月)環境省」
上記計画書と現地確認から、日光湯元温泉の源泉について、まとめます。
<日光湯元温泉 19源泉>
共同源泉 泉温:69.1℃ 23.3L 自然湧出 スパビレッジカマヤ 亀の井ホテル奥日光湯元
南間源泉1号 泉温:65.1℃ 18.5L 自然湧出 亀の井ホテル奥日光湯元
南間源泉2号 泉温:57.9℃ 8.1L 自然湧出 亀の井ホテル奥日光湯元
南間源泉3号 泉温:50.8℃ 14.5L 自然湧出 亀の井ホテル奥日光湯元
響源泉1号 泉温:61.8℃ 11.5L 自然湧出 スパビレッジカマヤ
響源泉2号 泉温:59.3℃ 16.5L 自然湧出 スパビレッジカマヤ
板屋源泉1号 泉温:59.7℃ 1.4L 自然湧出 元湯板屋、(確認できず:ホテル花の季)
美や川旅館源泉1号 泉温:35.2℃ 35.0L 自然湧出 ゆ宿美や川
美や川旅館源泉2号 泉温:49.3℃ 42.3L 自然湧出 ゆ宿美や川
湯の家旅館源泉1号 泉温:62.6℃ 59.6L 自然湧出 湯の家旅館
湯の家旅館源泉2号 泉温: ポンプ故障 自然湧出 湯の家旅館
森林管理署源泉 泉温:69.6℃ 156.1L ボーリング自噴 所有者:林野庁
奥日光開発1号 泉温:75.2℃ 196.1L ボーリング自噴
奥日光開発2号 泉温:79.5℃ 390.6L ボーリング自噴
奥日光開発3号 泉温:70.1℃ 55.6L ボーリング自噴
奥日光開発4号 泉温:77.7℃ 142.5L ボーリング自噴
奥日光開発5号 泉温:77.7℃ 100.4L ボーリング自噴
奥日光開発6号 泉温:54.4℃ 採水不可 ボーリング自噴
奥日光開発7号 泉温:70.0℃ 185.4L 動力揚湯 所有者:林野庁
共同源泉は、湯ノ平湿原の自然湧出泉で、
以前は釜屋旅館、南間ホテル、板屋旅館で共同使用していました。
現在はスパビレッジカマヤと亀の井ホテル奥日光湯元で、自家源泉+@で使用しています。
湯小屋は共同源泉との掲示がないので、どれだか不明です。
一番怪しいのが以下の湯小屋です。
半分割れた板に、南間が読みとれます。石組の一番立派な湯小屋です。
響源泉のところにもあった「栃木県登録源泉」標柱らしきものもあります(ボロボロで文字は読めない)。
※おおるり山荘は2021年8月3日に閉館し、亀の井ホテル奥日光湯元となりました。
日帰り不可に変更となっています。
以下は「おおるり山荘」の入湯記録です。
分析書掲示は、源泉名「共同源泉・南間1,2,3号混合泉」
共同源泉と、南間1,2,3号の混合泉を使用しています。
源泉小屋を3つ+@も持っています。
南間1号 おおるり山荘源泉1号と表示
南間2号 おおるり山荘源泉2号と表示。
南間3号 おおるり山荘源泉3号の表示を捜すも、みつからず。不明。小さな湯小屋が素性不明、これかも?
旧南間ホテルの朽ち果てていく売店
<南間売店解体>
廃墟となっていた南間売店は、目立つのでネットでも多々拝見するところですが、解体中です。
解体等工事期間:令和2年8月28日〜令和2年11月30日
注文者は宇都宮地方裁判所です。
解体に先立ち、公示書が掲示されていました。
解体に先立ち、公示書が掲示されていました。
2017年8月4日に「ヤマザキショップおおるり奥日光店」がオープンしていましたが、閉店しました。
分析書掲示は、源泉名「響1、2号・共同源泉」
自家源泉2本と、共同源泉の混合泉で使用しています。
響1、2号は、旧釜屋1、2号です。湯ノ平湿原の自然湧出泉です。
湯の平湿原の自然湧出の源泉を、そのまま使用しているところは、
亀の井ホテル奥日光湯元(湯張り時に加水)とスパビレッジだけとなりました。
スパビレッジカマヤは、高温の奥日光開発の源泉を混ぜていないので、冬の露天は激しく温いです。
湯守釜屋の取り壊された露天風呂「滝の湯」の入浴記憶が蘇ってきます。
山梨の下部温泉のあつ湯、ぬる湯入浴みたいに、内湯と露天風呂の交互入浴で堪能しました。
<歌川幾三郎「野州二荒山温泉図」>
歌川幾三郎「野州二荒山温泉図」明治10年(1877)の錦絵がフロントに向かって左手に掲示されています。
複製かと思ったら本物とのことで驚いた。
「明治10年2月8日出版御届」との記載があります。保存状態が良いです。
「野州日光山温泉之図」明治14年(日光市立図書館所蔵)があんよの湯の案内板に印刷されていますが
それよりも古い錦絵です。
釜屋(米屋、吉見屋、板屋と続く)が描かれています。釜屋の前に描かれている人物も様々。
<響1、2号源泉>
響1、2号源泉。「栃木県登録源泉」標柱らしきものがあります(硫黄にやられ、文字は読めない)。
顔を近づけると危ないので、カメラだけつっこんで撮ったらアワアワ〜。
<旧釜屋1、2号源泉>
釜屋源泉、釜屋旅館源泉と掲示されていた時です。
(記録)
湯守釜屋の取り壊された「露天風呂滝の湯」です。釜屋1・2号混合泉のみを使用していました。
雪に埋もれた鄙びた湯小屋にたどりつくと湯温38℃で寒かったです。内湯は遠いから交互入浴できないし寒かったです。
昔のパンフレット
〇スパビレッジカマヤ別館 湯恵山荘
スパビレッジカマヤ別館 湯恵山荘(仮称)が、平成31年4月オープン予定です。
2019(平成31)年4月9日オープンしました(それ以前にプレオープン)。
板屋の手前にあったのが「吉見屋」です。
明治11(1878)年6月には、イザベラ・ バードが吉見屋に宿泊し、その美しさに感動し、
人間ではなく妖精が泊まるのにふさわしいとまで表現しました。
「吉見屋」(日本之名勝 史伝編纂所 明治33年)
分析書掲示は、「奥日光開発3、4、7、森林管理署源泉」です。
湯元板屋は、湯元とあるように、自噴の自家源泉・板屋源泉1号を湯ノ平湿原に持っていますが、
分析に出していないとのことで、自家源泉の分析書掲示はありません。
湯の平湿原の板屋源泉1号は、花の季と共有で(花の季とは兄弟会社だった)、
自然湧出の源泉を勾配でそのまま板屋の地下に流れてきてそれを3階までポンプアップするそうです。
1階に浴室を作ってしまうと、硫黄が館内に広がり客室等の電気関係がすぐやられてしまうので
浴室は別棟にして3階に設けたそうです。
勾配の関係で、花の季より板屋のほうに湧出した源泉はほとんど流れてくるそうです。
自家源泉の自然湧出分だけでは足りないのと、奥日光開発分は泉温が高いので、
奥日光開発分を混合しているそうです。
釜屋、南間、板屋で使用していた、共同源泉は今は使っていないとのことです。
冬の時期は奥日光開発分をだいぶ混ぜるそうですが、暖かい時期は自家源泉でほとんどまかなえるとのこと。
暖かい時期と、寒い時期では、お湯の素性が微妙に異なるんですね。
温泉マニアのしつこい質問に、丁寧に必要以上に笑顔でお答えくださり感謝します。
若山牧水が四万温泉「田村旅館」での対応に嫌な思いをして酷評しましたが、板屋で主人も女中も良い対応とほめていて機嫌が直っています。
昔から心遣いの気風が続いているのだろうと思いました。日光湯元全体でもそのように感じます。
他では源氏も平家も受け入れた歴史を持つ塩原温泉も同様です。
昔の写真も館内に掲示しています。
湯ノ平湿原の源泉小屋(板屋 花の季)です。
自然流下してきた源泉を3階へポンプアップしています。
<湯づかい良し>
宿によっては、お湯張りの時に、源泉が高温なのでお湯を張って源泉を投入するところもありますが
湯替えの際の湯づかい等を湯守に確認すると、湯舟はちょろちょろと源泉のみで満たすとのこと。
その後は、バルブ調整で湯温調整とのこと。掲示は加水ありですが、極めて限定的と思います。
内湯の湯口からの源泉は、一端木枠に貯えられ、湯底から湯舟に流入していきます。
板屋の内湯はエメラルドグリーンで透明度高い時が多く鮮度が高いと思います。
また、パイプ掃除や交換すると、エメラルドグリーンの透明になるそうなので、
自家源泉の保守管理を丁寧に行っていると思います。
フロント横には、二荒山温泉の錦絵(明治22年(1889)1月印刷出版/日光本町
小林次郎)が飾ってあります。
板屋も日光湯元の歴史を感じる宿です。
昔のパンフレット
<若山牧水が泊まった>
大正11(1922)年10月28日に、若山牧水が泊まっています。
「みなかみ紀行」によると、四万温泉「田村旅館」ではいやな思いをして、
板屋は主人も女中も良い対応とほめています。
自家源泉を2本所有しています。湧出地は宿の真ん前です。
日帰り入浴できない日が多く(結局入浴できず)、そのうち日帰入浴不可となりました。
評判良い宿です。
分析書掲示は、「湯の家旅館No.1,2、奥日光開発1〜7、森林管理署混合泉」
半端ないかけ流しで、浴室内の床が真っ白で、湯量の多さを実感できます。
源泉小屋の隣りの手湯「河原湯」にも供給しています。
加水する場合もありますが、熱交換器による湯温調整をしています。
湯量豊富なので、他から源泉を買わなくてもと思ったりします。
東武から買っていないのは、スパビレッジカマヤと亀の井ホテル日光湯元だけで、他は皆買っています。
<オーバーフローざこざこ>
源泉は3カ所から投入。
浴室入ってすぐの湯中にある湯口と、竹筒から注がれてる湯(一番熱い)、ライオンの口(熱交換で温い)。
湯の家は湯量が多く、湯舟も大きいので硫黄の析出の量がハンパじゃありません。
大量オーバーフローあとは硫黄がびっしり一面真っ白となっています。
真っ白なキャンバスを見るとなにかしたくなってきます。
絵心はないので硫黄の上を歩いて足跡をつけてみた。
雪の中を歩くのとちがって足跡がくっきりとつく。
先客が多かったりすると、オーバーフロー部の硫黄の画用紙は白くないのでお絵かきできません。
(最後の画像は、龍頭山の家(閉鎖)で「ゆ}の文字を書いたもの。)
(参考)かつての浴室
壁一面ピンク、天井までピンク!
桶と椅子の積み上げ!
ライオンはまだ顔は崩れていなかった。
怒濤の多数の脱衣カゴ!(画像に収まりきらない、6行と8行(だったか?)、3段)
<源泉小屋>
掲示板の場所が変わったりしていますが、湯小屋は同じ。
3つ目のモーター音がする小屋は、何の掲示もなく、奥日光開発分かと思います。
湯ノ平湿原以外にも、源泉に身近に触れることができるところがあります。
板屋出て右手、奥日光やまみず樹の駐車場の奥に「御所の湯」があります。
昔、共同湯「御所の湯」があったところです。石碑があります。
源泉小屋もあり、源泉が湧いています。ここはのぞき込まずに眺めるだけです。
冬は雪に埋もれるので、存在はわからなくなります。
御所の湯については、ここでも記載しています。
湯の家旅館の横、湯宿美や川の前に「河原の湯」があります。
石碑があります。手湯があり、湯の家の源泉を使用しています。
桶が置いてあり、これで足湯もどうぞとの説明もありますが、足湯している人を見たことはありません。
あんよの湯は、冬季閉鎖ですが、こちらは冬季も利用できます。
(一時期、大幅に泉温度下がりましたが、元に戻っています)
湯の湖湖畔に「鶴の湯」があります。湯の家旅館前の道路下から湧出している源泉。泉温50℃ほど。
平成20年の台風の時に遊歩道が壊れ、その後整備された時に看板が撤去されましたが、現在は新たな看板が建てられています。
過去の掲示
現在の掲示
「温泉が湧く湖 環境省 2018.2」の説明板があります。
(説明板)
「湯ノ湖周回線歩道案内図 温泉が湧く湖
湖の水が、何となく白く濁って見えませんか?これはこのあたりの湖底や岸辺から硫黄分を含んだ温泉が湧いているためです。湯ノ湖の水は冬期には凍結しますが、このあたりだけは水温が高いため凍らず、多くの水鳥が集まってきます。
奥日光湯元温泉 泉質:硫黄泉 源泉温度:70?74℃ PH値:6.3
環境省 2018.2」
「緞子の湯」の石碑だけがあります。場所は温泉神社の手前左手です。